「本・感・理」のバランスの話
「練習はしているのに、なぜか楽しくない」
「合っているはずなのに、ノれていない気がする」
「前より音楽が難しく感じるようになった」
ドラムを続けていると、こうした感覚に出会うことがあります。
そして多くの人が、その原因を 才能・センス・努力不足 に求めてしまいます。
でも、レッスンや現場でたくさんの演奏を見てきて感じるのは、
苦しくなる理由の多くは 能力の問題ではない ということです。
多くの場合、
「本(本能・本音)」「感(感動・感覚)」「理(理性・理屈)」の 順番やバランスが崩れているだけ なのです。
音楽における「本・感・理」とは何か
本|本能・本音の「本」
「本」は、もともと根っこ・土台を意味する漢字です。
音楽で言えば、
- 叩きたい
- 音が好き
- 気持ちいいと感じる
といった、理屈よりも前にある衝動です。
誰かに教えられなくても、
理由を説明できなくても、
自然と湧いてくるもの。
これが音楽の出発点になります。
「本」をドラムに当てはめると、ドラムをやっていると言う事は生まれながらに、その欲求が脳内に刻まれていたのだと思います。
感|感動・感覚の「感」
「感」は、外からの刺激が心に触れて動くことを表します。
- ノれた
- 合った気がした
- グルーヴを感じた
といった、演奏中や合奏中に起きる身体的・感覚的な反応です。
「本」で動き出したものが、
周りの音や人と触れ合うことで揺れ動く段階、と言えます。
「感」をドラムに当てはめると、人の演奏を聞いたり、バンドで合わせたときの一体感を心地良いと感じた場合、よりドラムが楽しいと感じるでしょう。
理|理性・理屈の「理」
「理」は、物事の筋道・構造・整理を意味します。
- なぜズレたのか
- どこで崩れたのか
- どうすれば再現できるのか
を考える力です。
理はとても大切ですが、
いつ使うか が重要になります。
「理」をドラムに当てはめると、より良い演奏をするために、何が大切で何がダメだったかを考え、修正していく作業です。
自然な流れは「本 → 感 → 理」
音楽が比較的うまく回っているとき、多くの場合は
本 → 感 → 理
という順番になっています。
- まず叩きたいか(本)
- 叩いて、何かを感じる(感)
- 後から振り返って整理する(理)
理は「主役」ではなく、
後処理・裏方として使われている状態です。
これは「本」が根っこにあるため、「本」が崩れない限り、「感」「理」が崩れてもずっとドラムを止めずに続けられる状態になります。
「努力」は「好き」に勝てないと言うのは、まさにこのことです。
ズレ①:理が先に来てしまうとき
起きやすい状態
- 譜面やカウントばかりが気になる
- 正解・不正解で音を判断してしまう
- 合っているのに楽しくない
何が起きているか
「理 → 感 → 本」
あるいは「理だけ」で演奏している状態です。
考えること自体は悪くありません。
ただ、演奏中に理が前に出すぎると、呼吸が浅くなりやすい。
結果として、
- 音が硬くなる
- 体が緊張する
- ノれない
という感覚につながります。
「理」が先行されると正しく叩くことや間違ったらどうしようと言う不安がよぎったりするので、あまり楽しくなくなります。練習では「理」が先行して問題ありませんが、ライブや本番の場ではあまり気にしないほうがいいでしょう。
「努力」しなきゃと言う気持ちが強すぎると「理」が先行する場合があります。
ズレ②:感だけが先行するとき
起きやすい状態
- 今日はうまくいった
- でも次の日は全然ダメ
- 本番で再現できない
何が起きているか
「感 → 本」で止まり、
理がほとんど使われていない状態です。
その瞬間は気持ちいいのですが、
- なぜ良かったのか
- どこがポイントだったのか
が整理されないため、再現性が低くなりやすい。
感覚派の人ほど、ここで壁に当たることがあります。
「感」が先行されると、楽しい・心地と良いというところで止まってしまい、なぜ心地良いのかがよくわからなくなったり、間違っていることに気づきにくかったりします。
このまま続けているとあまり上達することなく楽しむだけになってしまいます。楽しむだけが目的の方はそれで問題ありません。ですが上達したい方は少し「理」が必要になります。
「感」のみで上達している方は天才肌なのでしょう。
ズレ③:「本」が無視され続けたとき
起きやすい状態
- 本当は楽しくない
- でも「やるべきだから」続けている
- 周りの期待に応えようとしている
何が起きているか
理や感は働いているのに、
本音や本能が置き去りになっている状態です。
この状態が長く続くと、
- 音楽が義務になる
- 練習に向かうのが重くなる
- ある日、急に叩けなくなる
ということも珍しくありません。
本は静かですが、限界を超えると止まります。
何かを続けるに至って、最も大切なのは「本」です。
「本」が強ければ強いほど物事をずっと続けられる状態になります。
しかし「感」が強ければ強いほど上達が置き去りにされ、「理」が強ければ強いほど楽しくなくなったりします。
その状態が続けば「本」はどんどん弱まっていき、最終的に止めてしまいます。
うまく噛み合っている人の共通点
レッスンや現場で見てきて感じるのは、
長く安定して伸びている人ほど、
- 本:叩きたい理由を自分の中に持っている
- 感:人や音とのやり取りを感じている
- 理:必要なときだけ使っている
というバランスになっています。
理に振り回されず、
感に依存しすぎず、
本を否定しない。
とてもシンプルですが、難しい部分でもあります。
練習やレッスンに落とし込む視点
完璧に守る必要はありませんが、
ひとつの目安として、
- まず叩きたいか(本)
- 良し悪しを言葉にしすぎない(感)
- 修正点は1つだけ考える(理)
- もう一度叩く(本へ戻る)
この小さなループが回り始めると、
緊張や迷いは少しずつ減っていきます。
まとめ|3つは敵ではない
「本・感・理」は、
どれが正しくて、どれが間違いという話ではありません。
問題になるのは、
- 順番が入れ替わったとき
- どれかが強くなりすぎたとき
です。
音楽が苦しくなったとき、
少し立ち止まって、
今の自分は
本・感・理のどこに偏っているだろう?
と振り返ってみてください。
答えを急がなくても大丈夫です。
気づくだけで、音の感じ方は少し変わります。
最後に
これはドラムに限ったことではありません。何か物事を決めたり続けていくときに必要な脳の使い方のバランスになります。
私の例で言うと、高校1年生の時になぜかドラムを叩いてみたいと思いました。生まれながらに脳に叩きたいと言う欲求が刻まれていたのかもしれません。これが「本」です。
そしてバンドを組んだのですが、そのバンドにはドラマーがいたので、私はギター担当でした。その後ドラマーが抜けたので、代わりに私がドラムを叩きました。ドラムの音を聞いたりリズムを叩けるようになるに連れて、ドラムの演奏が楽しいと感じました。これが「感」です。
ドラムを続けていると最初は楽しいと感じることばかりでした。しかし難しい曲をやったりするとなかなかできるようにならず、教則本や教則ビデオなどを買って、どのようにすれば叩けるようになるか学ぶようになってきました。これが「理」です。
このようにして、「本」と「感」と「理」のバランスを取りながら、物事を長く続けていくことが可能となります。
しかし、超情報化社会になって、多くの情報が飛び込んでくるため、それらに振り回され、多くの方が「理」が先行している状態で、物事を決めている人がほとんどです。
「本」と「感」を見失ってしまうと、とてもストレスだけが残ります。この辺に注意しながらドラムを楽しんでみてください。
当ドラム教室では上記のような人間の脳の仕組みについてもレッスンでお話ししたりしています。興味のある方は下記ボタンより無料体験レッスンを受けてみてください。
\今なら無料体験レッスン実施中!/
ご予約はこちら👇
➡ LINEまたは無料体験レッスンフォームへどうぞ!
👇公式LINEアカウントを追加すると有料動画【効率的な練習について】7本を無料で差し上げます。

